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アイリス物語

2014年は、アイリスオーヤマがプラスチック製品の下請け町工場として創業してから56年。
現代表の大山健太郎が社長に就任してから50年の節目の年です。
「アイリス物語」では、アイリスグループの歴史を連載でお届けします。

第二十八話東日本大震災発生 
ホームソリューションから「ジャパンソリューション」へ

東日本大震災の影響は被災地だけでなく全国に広がっていきました。福島の原発事故や各地の原発稼働見直しなどによる電力不足もその一例です。計画停電や照明の間引きや空調の停止など、日本中の皆さんがさまざまな知恵を絞り節電に取り組んでいました。

被災下でのLED照明の開発をリードした小野恭裕 被災下でのLED照明の開発をリードした小野恭裕

健太郎は事業の復旧・継続に注力する傍らで、東日本大震災でいただいた支援に対し当社に出来ることはないかと考えていました。当時、日本の全電力の約15%が照明に使われており、これをLED化すれば6%の電力削減が見込まれました。健太郎は節電のためにLED化を図る企業や家庭はきっと増える、増やす義務があると考え、LED照明の開発を加速するよう指示を出します。開発拠点のある角田市はまだ停電が続いていましたが、開発担当の小野恭裕たちは発電機で電力を確保しながら必死に奮闘しました。

最優先は直管型ランプの開発でした。国内の大手メーカーはLED直管型ランプ専用の規格「JEL801」を立ち上げようとしていました。しかし、JEL801方式のランプを設置するには照明器具ごと交換しなければなりませんでした。 LED照明を速やかに普及させるためには、従来の蛍光灯と互換性のある直管型ランプを開発しなければならない。被災下の不自由さにも屈することなく、開発者たちは大手メーカーと異なる道を選び、強い意志と信念でプロジェクトを推進します。ついにはJEL801に代わる業界標準となるまで直管型LEDランプを普及させ、業界をリードする存在となりました。

トップが現場で指示を出すことで士気が高まった トップが現場で指示を出すことで士気が高まった

震災発生から約10日後、健太郎の姿は中国・大連にありました。仙台の空港や鉄道はまだ復旧せず、車で成田空港まで向かっての渡航でした。目的はLED照明の増産です。当社・大連工場に入ると、直ちに生産能力を従来の3倍まで引き上げるよう指示を出しました。変化対応力を高めるために工場に常に3割の空きスペースを設けていること、従業員を多能工として育てていることが活き、またトップが自ら現場に赴き緊迫感や想いを伝えたことで、みるみるうちにラインが変化していきました。

震災から約2か月後の5月、LED照明の受注量は前年の3〜5倍に達します。素早く増産に踏み切っていなければとても対応できる量ではありませんでした。LED化のニーズに新製品開発と供給力の向上でお応えしていくことで「安全で安心な社会づくり」という大きなテーマに対し、その一端を担うことができたと考えています。このことを機に健太郎は当社の新しいあるべき姿を見出していました。「ホームソリューション」から「ジャパンソリューション」へ。生活者の不満解決から日本の課題解決へと事業の幅を広げることを意識し始めたのです。

(第二十九話に続く)