IRIS OHYAMA アイリスオーヤマ

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アイリス物語

2018年は、アイリスオーヤマがプラスチック製品の下請け町工場として創業してから60年。
「アイリス物語」では、アイリスグループの歴史を連載でお届けします。

第三話オイルショックで倒産寸前に

塩辛容器
1973年
塩辛容器
漬物樽
1973年
漬物樽

大山健太郎が28歳の1973年にはプラスチック製の「漬け物用の樽」や「塩辛の容器」を製造し、大阪と仙台の二拠点で順風満帆に成長を続けていました。しかし、この年に起きた第一次オイルショックによって事態は急変します。

オイルショックの直後は石油製品の需要が高まり、モノを作ればどんどん売れるという状態でした。大山ブロー工業も設備を増強して需要に応えていました。しかし、この仮需要のリバウンドでモノが一気に売れなくなると、どのメーカーも在庫が山積みになり、売れば売るだけ赤字になる事態に陥ってしまいました。オイルショックの煽りを受け、10年間で築き上げてきた会社の資産をたった二年で失うことになったのです。

工場の中には在庫の山と高額な設備が置いてあるだけで動くことがありません。明日には倒産かという危機に追い込まれ、健太郎は片方の工場を閉鎖することを決断します。本社がある創業の地・大阪を残すか、それとも・・・。
断腸の思いで下した結論は、最新設備が整い敷地も広い、そして何よりもメインマーケットに近い仙台工場を残すことでした。

1978年、本社工場を閉鎖。その時、大阪から仙台への異動に同意した従業員は5名。長年住み慣れた大阪の地を離れ、家族同然で共に歩んで来た仲間を結果的にリストラすることになったのです。33歳の若き青年経営者が経験したこの辛く苦い思いが後に作られる企業理念に繋がるのでした。

(第四話に続く)

『企業理念』
企業理念
企業理念
リストラしたという経験が元になっています。
社員が安心して働き続けるためにも、会社が存続しなければならない。
会社を取り巻く環境は日々変化しているため、いかなる時代環境においても、その変化に左右されることなく着実に利益を上げ、会社を存続させていこうという強い決意を述べています。