IRIS OHYAMA アイリスオーヤマ

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アイリス物語

2018年は、アイリスオーヤマがプラスチック製品の下請け町工場として創業してから60年。
「アイリス物語」では、アイリスグループの歴史を連載でお届けします。

第二十二話地域に密着し、貢献するホームセンター「ダイシン」

IRISlife外観

2008年12月、健太郎は宮城県の小売業「ダイシン」を子会社化し、アイリスグループに迎え入れました。 ダイシンは1975年に創業し、宮城県を代表するホームセンターとして発展していましたが、大手企業の県内進出に伴い価格や店舗面積等で競争力を失い、苦戦を強いられていました。 2008年秋に起こったリーマンショックにより、遂に経営が立ち行かなくなり、アイリスグループに救済を申し入れたのでした。

全国のホームセンターに商品を扱って頂いている当社が、直接ホームセンターを経営してよいのか迷いもありました。 しかし、ダイシンに万が一のことがあった場合の地域経済や雇用等への影響を考え、健太郎は子会社化を決断しました。お取引先様には予め経緯をよくご説明し、 理解を頂いたうえで対外的な発表に至りました。

子会社化にあたっては「ダイシン」の店舗名は変更せず、150名の従業員の雇用も継続しました。
新しくしたのはお店のコンセプトでした 。大切にしたのはより一層の“地域密着”です。広範囲から集客するのではなく、半径3km圏内のお客様に対するサービスや品揃えを徹底的に向上し、 その地域のお客様にとって身近で便利な「ホームコンビニエンスストア」を目指すと方向性を定めました。

ダイシンは元々、DIYに非常に強いホームセンターでした。そのため、日曜大工に積極的な団塊世代の男性の支持が非常に高い一方で、 女性客が少ないという弱みがありました。それは、男性が買い物をしている間、奥様が駐車場で車から降りずに待っているというような光景が見られるほどでした。
近年では団塊の世代は高齢化し、物余りの時代に育った若い世代は積極的にDIYを行うことがありません。ダイシンは、世の中の変化に合わせて自らの姿を変える必要がありました。

そこで健太郎は、年齢や性別を問わず満足頂けるようにと商品構成の見直しに着手します。 それぞれの地域のお客様の声やアイリスオーヤマのマーケティングデータを取り入れながら、日用品や家電、文房具や米、 飲料など従来にとらわれずに品揃えの改革を行っていきました。
また、日用品や食品は従来よりも背の低い什器に陳列し店内の中央に配置し 買いまわりをしやすくする、LEDの棚下照明をつけて明るく商品が見やすい売場にするなど売場も大胆に改装していきました。

中国の通販サイト

その結果、お客様からは「お店が広くなった」「品揃えが増えた」「店内が明るくなった」などという声が聞かれるようになり、 メインのお客様もご高齢の男性中心から主婦層へと大きく変わりました。
健太郎はダイシンでのこのような成功事例や様々な テストマーケティングの結果をお取引先へフィードバックしていくことで、ホームセンター業界全体へ貢献していこうと考えています。

ダイシンの地域密着の理念は、2011年の東日本大震災の時により鮮明に表れました。ダイシン各店舗も被災しましたが、 津波被害を受けた矢本店を除いては、全て翌日より営業を再開しました。天井の崩落やガラスの飛散、什器の転倒などにより店内にお客様を迎え入れられる状態にはなく、 店先に商品を運び出しての販売でしたが、「商品をお客様に届けるのが使命。どんなことがあっても店を開けるんだ」「地元小売業として何とかしなければならない」という各店長、 スタッフの想いがいち早い開店を実現させました。
「ダイシンは開いているぞ」という話は瞬く間に広がって、連日お店には長蛇の列ができました。スタッフは、お客様からの「こういうものが欲しい」という要望を伺っては 、何とかご期待に応えようと店内から必死に商品を探し出しました。

アイリスオーヤマからも200名を超えるスタッフが各店舗の応援に駆け付け、復旧や品出しに汗を流しました。また、取引先ネットワークを活かし、 全国からガスボンベ、コンロ、電池、自転車、毛布、非常食などを緊急調達し、ダイシン各店へと届けました。地域に根差すダイシンと 全国ネットワークを持つアイリスオーヤマ。互いの力を結集することで被災地域のお客様のお役に立つことができ、地元企業としての責務を果たせたと考えています。

(第二十三話に続く)