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アイリス物語

アイリスオーヤマは、プラスチック製品の下請け町工場「大山ブロー工業所」として創業しました。
「アイリス物語」では、現在に至るまでのアイリスグループの歴史を連載でお届けします。

第二十八話立ち上がれ家電戦士。大阪R&Dセンターの設立

当社は2009年に家電事業に本格参入しました。突然のことと驚く方も少なくなかったようですが、当社は以前よりホームセンター向けの事務用品としてシュレッダーやラミネーター、空気清浄機を内製していました。また、2004年にLEDを使ったガーデニング用イルミネーションライトの開発・発売を通じ、電源設計や電子部品を取り扱うノウハウを蓄積していました。このように電気・機械関係の技術者が社内に育ったこと、また、筺体の多くが出身業種のプラスチックで作られていることなどから、家電はチャレンジし甲斐のある事業と判断したのです。

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この家電事業への取り組みも「ジャパン・ソリューション」に繋がると健太郎は考えていました。 当時、多くの国内家電メーカーが韓国や台湾などの海外メーカーに押され大苦戦をしていました。数千名単位での人員削減や、家電事業そのものの売却などのニュースがメディアを賑わせ、優秀な技術者の失業や海外流出が社会問題となっていました。当社が家電事業に取り組むことで技術者たちの雇用・活躍の場を創出でき、またユーザーインの商品開発によって日本の家電業界を盛り上げることができれば、大きな社会貢献になると健太郎は大いに意気込みました。

ところが、予想に反して家電技術者の採用は困難を極めました。家電メーカーの開発拠点は関西に多いことから、そこに勤める技術者は関西で住宅を購入していたため、当社のある宮城県に生活の基盤を移すことをためらう人が多かったのです。

そこで健太郎は「拠点に人を集める」のではなく、「人のいるところに拠点を作ろう」と発想を転換します。2012年からは家電技術者を採用し、翌年にはJR/地下鉄/私鉄各線が乗り入れる大阪駅前に、開発拠点として「大阪R&Dセンター」(※)を設けることとしたのです。新拠点設立のニュースは新聞やTVで大きく取り上げられ、大手電機メーカーやその下請け先から応募が殺到。電子レンジや冷蔵庫、エアコンや洗濯機など当社にはないノウハウを持つ多彩な人材が集いました。

面接では前職での肩書・年齢よりも、ものづくりの最前線に立ちたいという意志・意欲を重要視しました。あるメーカーでは、40代を過ぎるとマネジメントが中心となり、開発や設計の実務から遠ざかることがほとんどのようでした。そのような中でも、もう一度自らの手でデザインがしたいと一念発起した人材や、若手と肩を並べて現場で開発したいといったベテラン技術者など、ものづくりに一際強い想いを抱く人材が集まり、私たちの仲間に加わりました。

家電開発の中枢となるアイリス心斎橋ビル 家電開発の中枢となるアイリス心斎橋ビル

入社当時は一様に、前職と異なる仕事の進め方やスピードに戸惑う様子が見られました。しかし、生え抜きの技術者とキャリア社員が互いのよさを認め、助け合う中で次第に実力が発揮され始め、大阪R&Dセンターから「S(機能はシンプル)・R(価格はリーズナブル)・G(品質はグッド)」の開発コンセプトが継承されたアイリスらしい特長を持った製品が生まれました。また、キャリア社員からセンター長やマネージャーなど重要なポジションに抜擢される者が増えていきました。 その後も毎月のように元大手家電メーカー出身の技術者が加入。当初の事務所はあっという間に手狭になり、2014年に新たに心斎橋の目抜き通りに「アイリス心斎橋ビル」を取得し、移転に至りました。

健太郎が彼らに託すミッションは、発案者が生産ラインから物流まで目を配り、「作りやすさ」、「使いやすさ」、を念頭に図面を引き、生活者目線で「なるほど」がある商品開発を行うことだ。

日本のメーカーだからこそ、日本の生活様式に合う製品が開発できるはず。 今後も生活者の不満を解消する「なるほど家電」の開発により、日本の家電市場に新しい風を吹き込み続けます。

(※)現在、開発拠点(R&Dセンター)は、大阪府(大阪市中央区心斎橋)・(東京都(大田区蒲田)・宮城県(角田市)・中国(広東省深圳市)の4拠点展開しています。

(第二十九話に続く)