インタビュー

人の心理・生理を整える。
LED照明の新たな付加価値。

株式会社 日建設計 海宝 幸一 様

2022.5.31

株式会社 日建設計 エンジニアリング部門 設計設備グループ シニアエキスパート 光環境エンジニア 海宝 幸一 様

株式会社 日建設計
エンジニアリング部門 設計設備グループ

シニアエキスパート 光環境エンジニア

海宝 幸一 様

※イメージ
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変わってきた照明の概念

株式会社 日建設計 海宝 幸一 様
株式会社 日建設計 海宝 幸一 様

これまでのLED照明は、高効率、電気代削減、コンパクトな器具サイズを売りにしていましたが、ここ数年でLED照明の新たな可能性が急速に見えてきました。フルカラーで自由に光を制御するという現実が見えてきて、効率・省エネとは全く次元の異なるステージに話が移ってきています。これまでの照明の概念は明るく顔を照らす、文字を読みやすくするというものでした。ところが、「どうやらこれだけではないぞ」というのがわかってきました。

プラスの作用もあるLEDのブルーライト

LED照明は従来の光源(蛍光灯、白熱灯、放電灯)とは異なった波長特性を持っています。それで生じたのがブルーライトの問題です。LED照明の光にはブルーライトが含まれるため目に悪いと問題視されましたが、プラスの効果もあります。ブルーライトは自然界の光にも含まれており、人の心理に働きかけることが分かってきました。人間の体は、太陽光と同様にブルーライトを浴びることで覚醒します。そのため、ブルーライトを夜に浴びると眠れなくなりますが、日中に適切な状態で浴びれば、体が覚醒するという良い効果があります。夜はブルーライトを含まない長い波長領域の光を浴びればだんだんとメンタルが落ち着き、快眠に導くことができるのです。この話を目の研究をされている先生に話したところ、大変驚いていました。ブルーライトのリスクを危惧されていましたが、いまではLED照明を推していただいています。

代表的な光源の分光分布とブルーライトの光域

「物を見るためのもの」から「人の心理・生理に良い影響を与える」存在に

人間にとって光は、目で受けとめるだけでなく、メンタルの部分にも影響を与えています。人間の視神経はipRGCという非視覚系の情報を感知する細胞からも情報を得ているのです。ipRGCとは、短波長領域の光を浴びることで、人間の生体リズムを司っている細胞です。実は、光はそういう機能をたくさん持っていて、そこまで踏み込むことがLEDなら可能です。光の波長成分を調整して人の心理・生理に良い影響を与える可能性を持っており、徐々に注目を集めるようになってきました。照明は単純にものを見るためのものではなく、人間のメンタルをコントロールできるのです。これをうまく使うことで、従来の照明の在り方から一歩踏み出すことができます。照明は、もはや明視の機能だけでなく、その時々の人の心理・生理に最適な光環境をつくることで、人間に良い影響を与えることができる存在なのです。

変わるLED照明の付加価値

プロスポーツの世界で進む照明を使ったメンタル調整

すでにアメリカのプロスポーツでは、照明がメンタルの調整に使われています。ロッカールームの照明環境を状況に応じて調節し、選手の能力を最大限引き出すことを狙ったものです。映画のシーンでよくありますが、監督が冷静に作戦を説明する。いざ試合に出るときは「いいか、みんな!」と選手のメンタルを高揚させるといった効果が照明に期待できます。これで選手が力を発揮して有利になるのであれば、照明改修に費用が多少かかっても安いですよね。このような話は世の中にたくさんありますし、照明の投資回収に対する考え方も変わってきます。「モノを見る」という、これまでの概念にとどまらないやり方が生まれるわけです。

海外のプロスポーツチームでは選手のメンタル調整に照明が使われている。

光の演出が大きな付加価値を生む

LED照明導入の際、今までは価格競争になっていたのが、「この光を使うことでお客様の施設にこういったメリットが出ます」と説明ができるようになります。そして、エビデンスを確立して説明できれば、それはとてつもない付加価値を持ち、照明メーカーとしてお客様にアピールできます。われわれ照明設計の側からもフルカラーを使った新たな空間を提案できます。たとえば会議室なら、お客様が入室されるときにはフレンドリーさを感じる照明に。プレゼンテーション時はその内容に合わせた照明の光で、提案を受け入れやすいメンタルになってもらう。たとえば夫婦喧嘩をして機嫌が悪い、などメンタルの問題を抱えていたとしても、こうした状態をリセットして冷静な判断ができる環境を整えることができます。もともとはイギリスの公的機関で公正な判断ができる環境を整えることから始まった考えですが、照明にはこのような効果が期待できるのです。なにも会議室の照明を真っ赤にするということではなく、空間の一部分にすっと差し色の光を入れるだけで雰囲気、人の心理は変わってくるのです。ドイツの小学校の例では、授業と休み時間、昼食の時間で照明の色を変えたところ、生徒の集中力が増して、成績が30%向上したという研究結果もあります。今後はこうした効果を実証してエビデンスを収集することが課題です。心理・生理の専門分野とも共同して、さまざまなシーンのデータを収集しなければなりません。

自然光の移ろいに近いリズムを調光・調色で作り出し生産性と創造性を促進

ネットと制御が今後のテーマ

これからは照明メーカーのビジネスモデルも変わっていくでしょう。光環境ビジネスに照明メーカーではない企業が登場してもおかしくはありません。照明器具も今までのように天井に埋め込んで配線するのではなく、建材と一体化するなど形状や機能が変わってくるはずです。モノを売って終わりという時代ではなく、空間をいかに作るか。それを使いこなしてもらうには制御とネットですよね。AIスピーカーはその代表例で、常にネットとリンクして後ろに控えるとてつもない知識ベースとリンクすることでものすごい機能を持つ。照明の制御も人間の心理・生理に対するデータベースができれば、AIスピーカーとリンクして部屋の照明をコントロールし、とても良い環境が作れる。それは覚醒とか集中とか単純な話ではありません。「おいしいワインが手に入ったからパリの夕暮れの雰囲気で」とAIスピーカーに話したら、パリと同じ波長の光を用意してくれる。こんなことが身近になったら最高じゃないですか(笑)。

フルカラー・ライティングでビジネスや暮らしが変わる。
近い将来、LED照明で太陽光を再現できるように

例えば、LED照明のフルカラー・ライティングでパリの夕暮れと同じ光を再現し、心が落ち着く空間を作り出すといったように、光の作用で「人の心理・生理」に良い効果をもたらす。これがLED照明の新たな付加価値です。

実際に、同じ光の波長を作れるかはLED照明の今後の課題です。従来のRGB3波長の光だけでは、パリの夕暮れと同じ波長を表現するのはやはり難しいのです。波長領域を広げて5素子、8素子の光を使えば正確に光を再現できるようになり、おそらく太陽光も再現できます。これが実現・普及すると世の中も間違いなく変わるでしょう。極端な話、大きな窓から太陽光を取り込む必要がなくなり、建築の形も大きく変わります。ここ数年で大きく変わる可能性があります。

フルカラー・ライティングとは

普及への課題はコストと正確な信号制御

5素子を使ったLED照明の光はとてもきれいなのですが、課題は高額なコストです。普及が進んで量産されれば価格はもっと下がり、一気に普及が進むでしょう。また、LEDが正確にスペクトルを再現できるか、RGBの信号をうまく制御できるか、センサーがスペクトルを正確に計測しデータベースにきちんと蓄積できるか。以上のテーマがクリアできれば5素子、8素子を使ったフルカラー・ライティングはさらに普及するでしょう。これからの照明は(大前提として明視は重要ですが)、適切なデータを蓄積し、人間に良い効果をもたらす環境を作る。そのためのツールとして光が使われる。このような方向に変わっていくことでしょう。

ハードが変わればソフトも変わる

実は、いま劇場の照明もかなり変わってきています。ハードの進歩によってソフトも変わるのです。昔だったら光の色を調整するフィルターをたくさん使い照明も何十台と必要でした。これからはフルカラー対応のLED照明1台で瞬時に色を変えられます。これを生かした照明演出の手法がどんどん出てくるはずです。スポーツ照明も、スタジアムでは白の光がメインですが、フルカラー・ライティングの普及が進めば劇場のような照明演出で、お客様の心理に効果をもたらすような光の演出が可能になります。正確にコントロールできるようになれば、壁やグラウンドに文字などを投影できるようになるでしょう。スタジアムにおいて、費用よりも演出の効果が重視されるようになれば、照明改修の投資の見方が変わってくるはずです。

フルカラー・ライティング活用例

メンタルに与える効果はコストの比ではない

―ヨーロッパでは、オフィスにフルカラー・ライティングを導入した結果、電気代は上がりましたが、病気欠勤者が減ったという実験結果もあるようですね。

やはりメンタルな部分も含めて健康的な状態で仕事をしてもらわないと、損害がとても大きいと思います。特に最近はメンタルの問題を抱える方が多い。照明でメンタルを崩す人が減るのであれば照明器具の費用や電気代は問題にならない価値があります。例えば、商社では1人の働く人が1日に動かすお金が数十億なのに、「1年間節電して1人当り1000円節電できました。でも暗い机で仕事をしたせいでメンタルが病みました」では本末転倒になってしまいますよね。

最近、頭痛クリニックという分野が確立されてきています。3人に1人が頭痛持ちといわれる時代で、多くの患者さんが来院されるそうです。そこのお医者さんから聞いた話では、頭痛持ちの患者さんは光を特に嫌がるそうで、診察中に「照明の光が我慢できません」と言われることが多かったそうです。頭痛持ちの人は敏感なのです。その先生がフルカラー・ライティングを導入していろいろな色の光を試したところ、診察中の患者さんの頭痛を最も緩和した光の色はグリーンだったそうです。

「これは不快だ、苦痛だ」といろいろなことを訴える人が増えています。あくまで推論ですが、影響が現れやすい敏感な方々の知見は、さまざまな場所で活用できるのではないでしょうか。こうしたさまざまな知見をまとめてデータベース化しユーザーにサービスとして提供する。これがこれからの照明メーカーに必要なことだと思います。

ある頭痛専門のクリニックでは、光に敏感な患者をリラックスさせるためフルカラー・ライティングを導入

最新のデータベースで最善の使い方をしてもらう

―単純に物を売る時代から、空間を作って良い効果を与える、こうした企業姿勢が必要となりますね。

売って終わりではなく、ネットにつないで常に最新の知見でユーザーに最も良い使い方をしてもらう。いまやどの分野もこうしたビジネスの仕方が増えています。照明もこうした流れに向かうでしょう。ただし、どのように測定するのかが課題です。私もよく地中海の明るい光、パリの夕暮れの光の話をしますが、ではそのスペクトルの数値を持っているのか?と言われると、持っていないので返答に困ります。本当は地中海もパリも実際に行って数値を測定したいのですが、なかなかそうはいきません(笑)。

日本とは全く異なるヨーロッパの照明メーカー

―ヨーロッパでは照明に対する考え方も日本とは全く違いますね。

ヨーロッパの照明メーカーに行くと、こんなことまで研究しているの?ということまで研究しています。そういう会社はやはり成長しています。お客様との関わり方も日本とは全く異なり、ヨーロッパの照明メーカーは施設の構想からすでにプロジェクトに参加しています。「この施設に来るお客様はこのような環境を求めている。だから照明はこうしましょう」というように、持っているさまざまな知見を生かしてアドバイスをしています。今後、日本においても照明関連のサプライヤーに同様のスタンスが求められるのではないでしょうか。

照明の未来に乗り越えるべき課題とは

― 最後に、これまでお話しいただいた照明を実現するための課題を教えてください。

まず、フルカラーのコストが高いこと。これは普及すれば解決できます。日本メーカーがデファクトスタンダードをとるためには、世界に進出しなければなりません。ヨーロッパのメーカーは世界市場を相手にすることで、最初からある程度の物量を前提として開発ができることが強みになっています。物量を多くしてコストを削減するにはグローバルで戦う必要があるのです。
また、日本では照明メーカー、建材メーカー、施工会社、ゼネコンといった複数の組織が関係するため、「建材に照明を組み込みたい。天井パネルに照明を組み込みたい」という時に責任の所在が問題になります。垣根を超えたものづくりができるように責任の所在を明確にしなければなりません。

フルカラー・ライティング普及までの課題

さまざまな知見をつなぎ新たな可能性が生まれる

最後は、いかにソフトをお客様にプレゼンテーションできるか、です。そのためには、データベースの構築が課題となります。眼科や心理学、生理学の先生と協力して研究を進め、知見を増やす必要があります。

ある学会で「光の色と心理」という発表がありました。乳児の保育器を赤い光で照らしたところ、医師の観察中でも赤ちゃんの眠りに影響が無くなったという内容です。理由は、母胎の中と似た光の色だからとのことで、すでに一部の病院では使われているそうです。こうした例は山ほどあるでしょう。

人間がどういう光でどういう反応をするのか、さまざまなところにいろんな知見が転がっています。これをつないでいくことで、新たなソリューションの可能性が広がっていくことでしょう。

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